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北向きの位置はいけない

先日、ある信徒の方が訪ねてきて「お仏壇の位置が悪いと人から言われました。
やはり移動させた方がよいのでしょうか」と質問されました。
その方の住居は文化住宅で、二階の和室にお仏壇が安置されています。
何度かお参りさせてもらいましたが、とりわけ”悪い場所”という印象はありませんでした。
そこで「なぜ位置が悪いと言われたのですか」と聞くと「北向きだから」とのこと。
しかし、部屋の構造は北側に窓があり、南側は壁になっています。
その壁を背に安置してある今の位置が一番ふさわしく思いましたので「このままでよろしいですよ」と申しました。
よく「北向きは避けた方がよい」と言われるのは、風通しゃ日当りの具合からで、こんにち理由はありません。
さらに、今日の住宅事情ひかげからすれば”北向き”日陰” とは必ずしもな他らなくなったようです。
問題は”向き” ではなく、むしろ、訳もわからず人から何か言われれば気になりだす”私の心υ の方でしょう。
ちょっとしたことで不安になり、迷ってしまう頼りない心。

そんな私たちをしっかりと支え、真実へ導いて下さる方こそが、”ご主人” お仏壇のである阿弥陀如来なのです。
お仏壇の安置場所を考える場合、まず念頭に置かなければならないのが、来のお心と、それが家族みんなのこ心の拠り所であるということでしょう。
つまり、家族揃って心静かにお参りできる場所に安置する必要があります。
特定の人しか使わない、例えば、”おばあさんの部屋”では、他の家族がつい知らん顔になりがちですし、同じ部屋でも入口近くとか、通路に当たる所では落着きません。
なお、小型のお仏壇の場合の注意をひとこと。
タンスの上などあまり高い所に置くと、肝心の阿弥陀さまが見えず、逆に床に直接置くと、見おろすことになってしまいます。
目より少し上に如来さまが拝せるよう、台を置くなどして工夫して下さい。

お仏壇に魂を入れる?

「仏壇を買いましたから魂を入れて下さい」!こんな依頼を受けることがあります。
しようね俗に「お魂入れ」とか「お性根入れ」とか言われるものです。
また、古くなったお仏壇せんた〈を修理(お洗濯)に出す時や処分する時にも同様に「お魂ぬき」「お性根ぬき」という表現がよく使われます。
しかし、依頼された僧侶の方は、実はこういう表現にはいつもひっかかるものがあるのです。
だいいち、お仏壇自体に魂を入れたり出したり、そんな器用なまねはできるはずもないのですから。。。
海土真宗では、お仏壇に新しくご本尊をおにゅうぶつ迎えする時の法要を「入仏法要(式)」と言います。
”入仏” といっても、仏さまに魂を入れるのではありません。
迷いや欲に満ちた我々凡夫を救おうと、形に表われて下さった阿弥陀仏にお仏壇へ入っていただくのです。
「お仏壇を買った」というのは、どういうことでしょうか。
それは、何よりもご本尊である阿弥陀さまをご安置するためです。
つまり、お仏壇という”家” は、ご本尊であるNご主人” をお迎えするために用意されるということです。

したがって「入仏法要」とは仏さま(ご本尊)のお徳を讃える法要です。
ひもとまた「お紐解き」という言い方もあります。
そこれは、本山からお受けしたご本尊のお軸のひも紐を解いて、お仏壇にお懸けするところからきています。
一方、すでにご本尊があって、古いお仏壇から新しいお仏壇にお移しする場合やお仏壇を修理に出す時など、ご本尊を別の場所にお移しする場合は「遷座(遷仏)法要」と言います。
また、お移りいただくのですから「おわたまし移徒」とも呼ばれます。
せっかく新しいお仏壇を求めても、出発点から”心得違い” をしていてはいけません。
「仏さまに魂を入れよう」としかねない私だからこそ、仏さまをお迎えし、真実のお心をあおつねに仰がねばならないのです。

位牌を用いないわけは?

故人の法名を刻んだ位牌をお仏壇の中に入れているお宅がけつこうあります。
その位牌ぷつばんの前にはお仏飯やお水が供えられていたり、ひどい場合には、ご本尊が隠れてしまう位置に位牌が置かれていたりします。
これでは何のためにお仏壇を求め、ご本尊をお迎えしたのかわかりません。
どうもこの位牌が「お仏壇は死者をまつる所」という誤解を助長しているように思われます。
この際、浄土真宗では”位牌を用いない” ということをしっかりおさえておいて下さい。
そもそも位牌というのは、中国の儒家で用いられていたものでした。
すなわち、故人のふだ生存中の官位と姓名を書き記した牌が位牌で、そこには神霊が宿ると信じられていました。
やがて日本の祖先崇拝と結びつき、仏教にも転用されるようになったのですが、根底には仏教の教えとかけ離れた「霊の宿る所」という意識が、なお色濃く残っていると言わねばなりません。
位牌を故人と見たてて、生前好きだった食物を供えたり、またのどを潤すためにとお水を供えるのも、こうした意識の表われです。
海土真宗で位牌を用いないのは、そうした仏教にそぐわない霊魂観に基づいたものだからです。
それでは、故人を偲ぶよすがは何もないのかと言うと、そうではありません。
過去帳か法名軸をお使い下さい。
過去帳は、先祖の記録帳のようなもので、故人の法名、俗名、死亡年月日などを-記しておきます。
命日や法事の時に過去帳を置く場合は台に載せて開け、ご本尊の妨げとならないようにお仏壇の中段脇か、下段に置きます。
もちろん、過去帳の前にはお水や食物などは供えません。
また、法名軸はお仏壇の側板にかけるようにします。
なお、すでに位牌がある場合は、お手次ぎのお寺のご住職にご相談下さい。

仏壇飾りかた

自己流のお飾りをしてませんか?

お仏壇の中の仏具をどう配置するか、しようごんりお荘厳の仕方ですが、このことがあいまいなまま自己流で配置されている方が意外に多いようです。
正しいお荘厳を知ることによって、すっきり整ったお仏壇にして下さい。
お荘厳の主旨は阿弥陀如来の真実(まこと)心を、形を通して味わうことにあります。
美しくお飾りすることにより、如来さまのお心に触れさせていただきましょう。
お荘厳の対象をくれぐれも間違わないように。。。
つま具体的に仏具の配置を上・中・下段に分けて述、べますと、

{上段}上卓に四具足のお荘厳をします。

四具足は、左右対称に華瓶一対、正面手前に火舎・その後ろにローソク立てをお仏飯をお供えする場合は、仏飯台を用いずに、お仏飯一対を火舎の両側やや奥に供えます。
※上卓が小型の場合=上卓に華瓶一対と火舎を置き、火舎の奥正面にお仏飯を供えます。
上卓に華瓶と火舎を置くことによって、仏飯器を載せるスペースがなくなる場合は、ご本尊のすぐ前に仏飯台を置いてお供えすればよいでしょう。
※上卓がない場合=ご本尊のすぐ前に仏飯台を置き、お仏飯をお供えします。
また、須弥壇上にお供物を盛る供笥(華足)あるいは高杯を左右対に置きますが、スペースがなければ、お荘厳の損なわれない程度に、スペース前卓の両隣に置いてもかまいません。

(お供え物を盛らない時は撤去しておく) 。
{中段}前卓と言われる卓に、香・花・灯を供えるための三具足を置きます。
三具足とは、中央の香炉、向かって右側のローソク立て、左側の花瓶の三つの仏具を言います。
このうち香炉は、通常、手前に土香炉、その奥に香炉台を置いて金香炉を載せておきます。
土、金の両香炉を前後に並べて置けないような場合は、通常、どちらか一つを置いておきます。
この三具足の位置がきちんと定まると、お仏壇もすっきりしてきます。
また、お仏壇が小型の場合、中段に三具足を置くとご本尊が隠れたり、ローソクの火が他に燃え移る恐れがあるものもあります。
そんな場合、前卓ごと下段に置くか、前卓が固定式ならば、直接、下段に置くのもやむをえないでしょう。
なお、報恩講や年忌などの法要時には、花瓶とロlソク立てをそれぞれ一対にした五具足でお荘厳します。
{下段}

御和讃卓に御和讃箱を載せ、左側には御文章箱、右側には過去帳台やリンを置きます(勤行の時、リンは右膝の斜め前あたりに降ろす) 。
この他のお飾りとして金灯箆や輪灯、理陥、打敷などがありますが、要はそれぞれのお仏壇に合った大きさの仏具を用い、不要なものをお仏壇の中に入れないことです。

金仏壇